分かち合う

古城(Chateau de la follie.熱狂の城)のマスタークラスから今戻ったところだ。
このYuzunoteを書き始めたきっかけになったアルゼンチン旅行以来・・・何から書き始めて良いかわからないほどのたくさんの想いが心の中にある。これをきちんと書けるようになるまで時間がかかるかもしれない・・・

しかし時間をかけてその余韻を楽しむ。言葉では言い表せないこと、よく幼稚園児や小学生に「今日どうだった?」と聞いてみても答えきれないほどの想いや、体で感じた事をうまく表現できない。今の私がまさにそうだ。

生徒たち、子供たちの真剣に練習してマスタークラスを見学して、そして夜遅くまで遊ぶ、無心に遊ぶ姿に感動した。テレビもインターネットもない代わりに彼らはトランプに夢中になる。宝探しの半分燃やされたような紙に書かれた手順を必死になって追う。本当に今どきの若者にこんな無邪気な姿があるのか?と疑り深い私など思ってしまった。私も参加させてもらう。「先生」というよりこちらの人柄も性格も分かっている生徒たちの前で上下関係もない。

1時の昼食にきちんと正装・・・とまではいかないけれど、髪を整え、背筋すっきり伸ばして現れる90歳の伯爵夫人・・・彼女の澄み切った目と笑い声、知恵・・一言で言い表す賢さ・・・そしてあふれ出んばかりの暖かさに包まれて過ごした日々。彼女たちの昔話に一生懸命耳を傾けた。毎日手作りの食事のおいしいこと!ベルギーの家庭料理のオンパレード、ジャガイモ6キロ、卵72個?キッチンはフル回転だった。

ナポレオン時代からのこの城の絵、写真・・を見るだけでもすごい。図書室は生徒たちいわく「ハリーポッターの映画みたい!」
「私の部屋にはボナパルトの写真。家系図をみるとなんとルイ16世の末裔?とエマニュエル伯爵にいうと(あっちがこっちにつながってる)との答えが返ってきた!」

伯爵(息子)と私の共同事業であった「古城での音楽会とマスタークラス」はみんなにとって忘れがたい経験となった。
彼の生きがいでもある「城が生きる」ことへの貢献は少しできたかな?

14世紀以来のお城に今なおかつ住み、そこを維持してゆく・・というのは経済的なことはもとより、あらゆる面での「取り仕切り」が必要だ。
執事にかしずかれ、毎食手作りのおいしいごちそうを食べ、数日過ごした私たちは幸せ者だ!それを保つためにどれだけの努力と熱意と日常のメインテナンスがあるのか・・・想像もつかない。芝生ひとつ刈るのだって。庭のりんご、なし、桃の木の手入れ。プールの、テニスコート・・・

中に入れば全ての部屋、ベッド、窓、水、お湯、カーテン、掃除・・・

中庭でのコンサートは天気との相談だった。幸運なことに雨を免れた私はコンサート会場よりも響きの良い中庭で鳥のさえずりの中、バッハのソロソナタとパルティータを弾いた。バッハのソロを3曲というプログラム自体とんでもないチャレンジだ。一つ弾くだけでも神経が擦り切れるような緊張を強いられる。
私もさることながら聴衆がはたして飽きずについてくるのか?

ふたを開けてみたら物好きな、音楽好きな人はまだまだいるのだ!みんな1番のパルティータから「し〜ん」と物音ひとつ、しわぶきひとつ聞こえない。怖さから目を閉じて弾いていた私は終わって目を開けてみてあまりの静けさ、身動き一つない姿に驚いた!
鳥の声がうるさいと感じられるほどだ。
2曲目のソナタ2番、ピーンと張りつめた空気はとどまることを知らぬがごとく、曲の細部まで共有することができた。なんと言う幸せ!
ふと見ると伯爵夫人は自室のバルコニーから拍手を送ってくれる。

私がベルギーに来て30年余り、そのいろいろな時期、ピリオドで出会った人達がみな来てくれた。

80年のホストファミリードリマエルさんたち。そしてそのころ毎日のようにご飯を食べて日本語でおしゃべりさせてもらっていた西本啓子さん、彼女のおかげでその後も随分輪が広がった!

高橋明子さん。ご主人が脳梗塞で倒れられたと言うのに「ゆず子さんの音楽会行ってもいい?」と半身不随で病院に横たわるご主人に聞いたところ「行かなくてはいけない」と言われたと。「写真一杯取って彼に見せます」

テレーズ・・・彼女なしでは子供たちは健全に育たなかっただろう・・・今でも彼女が育てた子供たちはまるで兄弟姉妹のように集まり、彼ら一人一人の心のよりどころとなっている。よく彼らがバカンスで行っていたアルデンヌ地方のお城・・森の中に小屋を作りみんなで劇を創作し・・・5歳児から小学校、中学までの時期、彼らはなんとも貴重な時間を過ごしたのだ。このこともいずれ書かなくてはいけない。

そして生徒たち、子供たち、主人、たくさんの友人・・・

家族も含めてなんというかすべての糸がつながったようだ。

音楽を通してこれほどまでに一つになれる時間を持てた。このことにまず感謝したい。

「ではまた9月に」そういって別れた生徒たちの夏休み・・・私の夏休み。今年はコンサートもなく本当にバカンス(空白)を持てそうだ。

杯につがれたものが一杯なうちは次のものも入る余地がない。

からっぽ・・・

はてさて「空白」の最初は明後日からのトルコ旅行。貯まったマイルを使ってトルコの南の海岸とカッパドキアに行く。
子供のころ、考古学者にあこがれいつかは「シルクロード 横断」したいと思っていた。その夢は消えつつあるけれどまだまだ知らない事だらけのヨーロッパ。今回はそのヨーロッパとアジアの交差点に行こうと思う。イスラムの支配を恐れて地下8階にもわたる都市を建設したと言うキリスト教信者たち・・・私たちに何を語りかけてくれるだろう・・・トルコのリビエラ・・はギリシャのような(風)が吹くだろうか・・・

そういえば何年かぶりでお城で風を受けながら昼寝した。
学生時代、吉田拓郎を聞きながら夏の暑い日に昼寝していたあの頃を思い出した。
冷房をつけずともいい風が吹いていた・・・
私の中のそんな学生気質が生徒たち、子供たちとの心の接点になっているのかもしれない。

些少ながらお城で売れたCDの売上げを仙台市市民文化事業団に送ろうと思う。
(空白)というのにはあまりに悲惨な光景がまだまだ広がる東北地方、それでも空になった杯に徐徐に新しい良い水が注がれるように、みんなで力を合わせてやって行きたい。
きっと10年、20年30年かかっても東北が素晴らしいところとしてよみがえるように。未来のお手本となるような街並みができ、その一歩一歩の確かな「歩み」ができるよう、心から応援する。

2011年7月16日 Eccausinnes Belgique
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