ソリストとは
モナコに来て明日行われる演奏会。久しぶりのオーケストラとの共演だ。1週間マスタークラスをやり、最後にベートーベンのトリプルコンチェルトを演奏する。この曲は3台の楽器、ピアノ、ヴァイオリン、チェロが絡む難しさとオケも含めたモザイクのような作業をいかにみんなきちんと羽目込めていけるか、というもので、一筋縄ではいかないところがある・・・チェロはダヴィッド・ゲリンガス。彼とはよく呼吸も運弓法も合う。それにこの曲はチェロコンチェルトのような趣もある。ピアノはジャン・ベルナール・ポミエ。ピアノが良く響き、大きい歌がある。さすが!
しかしテンポの設定一つにしても、癖が出る。急いではいけない。合わなくてはいけない。勢いが失われてはいけない・・・・等々。トリオで合っていたのが、オーケストラと一緒になると聞こえない部分も多々出てくる。チェコの経験豊かな指揮者、ズデニック・マカール。この大御所の苦労も並大抵ではない。
しかしながら、その前に「生活」という部分も含めて「ソリスト」という要素はやはりかなり特別なものだと言う事を実感した。このところ教えたり、審査員をやったりと反対側の立場に立つことが多かった。それでも以前弾いた事がある曲だし、音楽会はいつもやっているのだから普通にやっていれば・・・と言いたいところだがそこが甘かった!
よっぽどの才能を持ってしてもあの緊張と準備不足の認識を我が家で体感しつつ練習するという事は非常に難しい。なかなか極限まで追いつめて「ヤバイ!」という実感を持てないからだ。何回か本番をやっていくうち出来ていく。しかしそのような贅沢はなかなか訪れない。あるいは、それはごく限られたわずかのソリストに与えられる特権かもしれない・・・なぜなら彼らはその怖さを知っているから。設定するハードルが高いから。そしてそういう人のみが残っていく・・・・
ソリストとは
【1】たぐいまれなる音楽の歌を感じ、それを舞台の上で正確に表現できる人。
【2】どんなコンデイションにおいてもそれが出来る。という事は練習、演奏会、旅、における心身共の健全さを保つことが出来る人。
【3】常に音楽の中に夢を見出すことが出来る人。
一日ゲネプロも含めて2回のオケ合わせの練習後、練習するには腕も疲れているので、ひたすら音楽を頭の中で反芻しつつ、街を歩く。今日は土曜日、おまけに秋休みの初日とあってカジノの周りにたくさんの人達。抜けるような空、毎朝窓を開けると(またか・・)と思う日差しの強さ・・・
翌日・・・
実際弾いてみると!
一夜漬けならず一朝漬けの練習。本当にヤバイと思って、ホテルでミュート付けての練習ではなく会場でやろうと思い、朝行ってみた。が誰もいない!迷路のようなモナコの町の(開け、ゴマ!)のようなドアの存在。その呪文・・要するにインターホンなのだが、管理人がいないと開かないらしい。電話・・と言っても日曜の朝。それにうろうろと重い楽器を持って歩くだけでも私の日常からは反している。
思い余っていろいろ考えると、いろいろ知恵が湧くものだ!ホテルはカジノもついていて、その上朝は使われていない。特に日曜の朝にはあるはずのないビジネス会議に使われる大きな部屋があるはずだ。ダメ元でレセプションにかけあってみる。なんと大きな海の見えるレストランを開けてくれた!夏以外は使われないらしい。リビエラの絶景、海に船が浮かぶのを見ながら練習。なるべく遠くに目標を持って音を飛ばす。これは主に音を出すことの練習になる。音程にはこのごろ「はまっていた」がその分右手は軽くなっていたかもしれない。左右同じ事で右が軽くなれば左の動きも軽くなり、音程も取りやすい。逆に重く弾いていって初めて使える音程{これは業界用語かな?要するに使い物になる音程}がある。いつもの練習不足がたたって筋肉も低下しているからちょっと長い時間やると腕に悲鳴が上がる。本番の日はこんなことしないのだがたまに非常事態ともなればステージに出る1分前まであきらめずに仕込むのだ。
と、はてさて・・・本番は当然のことながらお客さんが入り音響も変わる。それに緊張もする。特に前に書いたようにこの「モザイク」のようなコンチェルトのモザイク化することのむずかしさ!またやっても「モザイク」の一部でしかないことのもどかしさ!
ピアノの譜めくりがほとんど2回に一度間違えて!!そのたびにピアニストはもとより我々も心臓が飛び出しそうになる。こちらの演奏にも影響する。ただでさえ「はらはら」な曲なのに!
「奇跡は起こらぬ」
それに舞台の上ではコンチェルトの場合なにがしらの「妥協」が必要。それを出来るようにするためにも日常から仕込みすぎることはない。
とまあ次にこの曲を弾く時の良い練習になりました。たくさん音楽的発見もあったし!
以前も書いたかもしれないが、またもやソリスト中のソリスト、ハイフェッツの言葉を思い出した。
ソリストの条件は
【1】闘牛士のような勇気があること
【2】バレリーナのような繊細さがあること
【3】夜のバーを経営するマダムのような忍耐力をもっていること
このように音楽人生続いていきます。