夕方

夕方になるといい風が吹く。夕刻の日差しは優しい。「いちにち」という時間の単位の中で最期に近づくこのひとときが好きだ。
特に暑かった今年の夏。3年ぶりで帰って長居した私たちは全くどうやって住まわってよいのかわからないような身の置き所のなさを体験した。焼けつくような海の一日も海水浴客も少なくなり陽が落ちてくると何とも言えぬ良い光で写真を取るのには絶好だ。遊び疲れた後の快感もある。

やっと人心地つく・・のは猛暑の夏休み、真っ黒になって遊んだあと急に始まった演奏会ツアーのこれまた猛暑の中の移動、弾く曲目への緊張、初共演となったパスカル・ドヴォワイヨンとの面白さ・・等が重なって時差でもないのにまたまた眠れず夜な夜な活動!
そんなこんなもあと一日、の快い昼寝から起きた時のことだ。

子供のころに聞いたお豆腐屋さんのチャルメラ、お風呂を焚くにおい・・ふと自転車で外に出てぶら〜と本屋でものぞきたい衝動にかられるのだ。台所では母の包丁の音・・・

ふるさと・・とはこんなものなのだろう・と思う。

そしてフォーレが聞こえてくる。秋の夜には何ともあうのだ・・この[はにかみ屋]の音楽が!
なるべく人のまねをせず、他の作曲家の邪魔をしないように・・作法を研究していったら、なんとも深さのある心のひだを表す音楽を紡ぎだしていったフォーレ。ドビッシーのような画期的な方法でもなくラヴェルのように華麗な音のきらびやかさもないのに、彼の和音のちょっとした動きに私は涙をそそられる。やっとクライマックスに達し、「いいですか?」みたいな高揚感が書かれている。本当は心の中はさっきっからもえたぎっているのに!「いいよ、いいよ・・・」と言いながら思いきり歌い上げ次の小節にはもうピアノ(小さく)と書かれていて内に引っ込む。なんとも恥ずかしがり屋の大ロマンチスト。
私がもしかしたら一番好きな作曲家かもしれない・・

5年続いた京都、東京でのリサイタルシリーズ「堀米ゆず子ヴァイオリンウオークス。音楽の旅、抒情を求めて」も明日で最終回を迎える。月並みなセリフだけれど、本当に昨日始めたような気持ちだ!
終わってしまうのは残念だが、私はこの「音楽の旅」の最後にフォーレのソナタを弾く。他に弾くフランクのソナタなどに比べても決して派手な曲ではなく・・、また細川俊夫さんが書いてくださったヴァイオリンソロのための「呪文」に比べても、弱い・・・かもしれない。でも私は大好き。
何とかこの[はにかみ屋]を外に引っ張り出してみんなで拍手してあげたいからだ。

2010年9月6日東京にて
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