響き

響き…という言葉を今年の「一文字」にしよう!と思った。毎年なにか、ひとつ「字」を決めて書く。別にそれにとらわれるわけでもないのだがなにかの「目標」になる。
4年前は「夢」3年前は「自」2年前は「観」去年は「現」
今年は「響」
音の響きはもちろんのこと、この響きには音とはあまり関係ないような友達関係も含まれる。要するに私のまわりで「響きあうこと」の大切さ・・・とでもいおうか。その「響きあい」を一音に込める!とはなはだ身勝手な考えだが、もともと一字をあてはめる・・・などという酔狂も「身勝手」でやっていることだ。

さて、年末年始と日本で思いがけなく長い時をすごした。この時節の特殊性もさることながら、いつものようにハードスケジュールな演奏会の合間を縫っての滞在・・・ではなく子供たちも一緒。なんだか本当に「日本でフツーに生活している」ような錯覚に陥った。

そうこうするうちに「響き」の文字も薄れていった・・・なにやら「そぐわない」「そんなこといってるより、実音が弾けなきゃ!実際弾けてないじゃない」という現実問題に直面。そうなってくると、逆にまた「こう弾きたい」とヨーロッパでは当たり前のように出てきていた曲想も感覚もあやしくなってくる。
これはコンクールを受ける1980年以前に私が日本にしか住んだことなく、「どうやって弾いたらよいのだろう?」と1フレーズに四苦八苦していた時代のころと同じ感覚だ。このところなかったものだ。お正月明けに昔の仲間とカルテットの練習をしたこと・・もあったのかもしれない。あの当時「まったくわからず!」で先輩たちの意見やら弾き方をまねしていた。その後ヨーロッパに行った時、「なんてここの人は単純に音楽を考えるのだろう?」と思ったものだ。コンクール本選前、チャペルに缶詰にされた時、簡単で単純なジョークにも大笑いするライバルたち。私にはそれが新鮮に映った。

水泳の北島選手ではないが「空気を読むなんてことするな」といった感じで日本では勉強していたのだと思う。そしてあらゆる可能性を考えて弾く。というと「熟考の末の・・・」とカッコイイが、要するにそれ以外の方法はなかったのだ。

今回カルテットを合わせてみてその感覚を思い出した。今度は反対にヨーロッパに住んでいて久々に合わせた日本の仲間に対して。「なんとこの人たちは純情に愛情をもって音楽をしているのだろうか!」と「忘れていたなにか」を思い出した。

ヨーロッパ生活も長くなり、「基礎のテクニックさえ磨いておけばあとはなんでもござれ!へっちゃら!まわりの響きが大切!人間性、感性が大事」となってきたところがあるらしい・・・が、実は「ガイコク」の言葉の不自由さからくる、情報収集の少なさ、無意識に入る知識の少なさからくる「考えなさ」「追及の甘さ」主婦業で朝から水に手をつけざる得ない羽目になるそこいらへんからくる「妥協」に他ならないのもしれない。

そしてもちろんちっとも「へっちゃら」ではないことを、毎回「ガーン」と金槌でたたかれたように音楽会の度に感じる。冷静に考えれば要するに「奇跡」が起きない限り、どの曲も時間をかける以外に方法はなく、また最初に弾くときはどうしてもうまくいかないものなのだから・・・

一度でいいから思う存分「思ったように弾けたらなあ・・・」と思う。ベートーベンでもバッハでもブラームスでもラロでもベルグでも!

そんな「夢」をかなえるべく「響き」から「練る」の一文字に変わった今年の目標。
[一考、そして楽観的に] といったところか・・・・ 今日1月22日は江藤俊哉先生が亡くなって一年。数日前ヴァイオリニストの田中千香士氏も亡くなった。遠く離れているせいか、ふだんあまりお目にかかる機会がなかったせいか・・・お二人とも私の中では十分生きておられて、笑っている。

「自動的に弾いてもダメですよ」とはよく江藤先生に言われた言葉だ。それをやってから初めて「自由さ」を手に入れることができる。時には「チャラ弾きできる人って少ないよね」と千香士さんに褒められた。それも「自動的ではないものを考えた後に」出てくるものだった。
ありがたいことだ。  合掌

2009年1月22日 ブリュッセルにて
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