オランダの島

昨日、schiermonnikoogから戻った。
この、オランダ語を勉強している私にとっても「難解」な名前の島の話は、初めて行った7年前に雑誌「ショパン(2001年)」に書かせてもらった。(本文後半に掲載)

今年は早いもので、このフェスティヴァルも7年目を迎える。
始めた年は「どうなることか?」となかば、「サバイバル」のつもりで立ち上げに行った、音楽祭がこのような発展を遂げるとは、私も嬉しい限りだ。

その「7年」の間に、友達となった室内楽仲間・・・このホームページの写真にも最初から登場している、「コンソナンス」のメンバーだ。

日本にも2005年に一緒に行った。ユルン・ルーリング。(この音楽祭の主催者)フィリップ・グラファン(フランス人、ヴァイオリン、今40過ぎてなおかつコンチェルトを録音し続けられる人もめずらしい)ヴィオラのロジャー・チェイス(イギリス人。今は、シカゴで教鞭をとる)そして今ベートーベンのソナタ全曲をやっているピアノのアブデル・ラハマン・エルーバシャ。
彼らとの再会はまるで、「兄弟たち」に会うようだった。おしゃべりが弾む。「なんでこんなによく私のことわかるんだろう?」と首をかしげるほどだ。反面「音楽」に取り組む練習のときは、真っ向から意見が対立する。「yuzukoとデイスカッションするつもりなら覚悟しとけよ」とアブッド(エルバシャ)など新入りのピアニストに忠告してた!
その、今回初共演となった、デヴィッド・セリッグ。オーストラリア出身のパリ30年のピアニスト。フランソワ・ギイ。スイスロマンドのチェロ。フロリス、ロンドン響のトップ。クリストフ・シラー キャロライン・チン…枚挙にいとまがない。ほとんどみな私たちの年代だ。時折、「シニアになった音楽家の気分は?」などという会話もでた。そういえば、去年50歳になった私は冬に行ったスキー場ではじめて、「シニアパス」なるものを買う事になり、愕然としたものだ!気持ちは、10代でも見た目もなにもそうはいかない。

プロの音楽家として弾き続けることは容易ならざるものがある。
「表現したいもの」が年を追うごとに増えるのは当たり前だがそれを「表現するテクニック」を伴わないことには、自己満足に終わる。いや、自己も満足しないままにすぎるかもしれないが・・・

そんな中で、みんな「うまい!!」
それぞれの人生の「音」が出てる。いや、出せてる。

曲を追求する。
自分と照らし合わせる。
テクニックは体全体。
心と頭も使って初めて「生きる」

島の様子は嵐のときも、青空が見える時も、雲の流れも、船の中の会話も・・・

みな、楽しんだ。

コンピューターなどつながらなくても満足できるところは、だんだんなくなりつつある。

なぜこのような充足感を毎日の生活のなかに見出せないのだろう・・・と自問しながら、今度は初めて、ひとりで運転して帰ってきた。島でとれたリンゴをかじりながら・・・焼きたてクッキーのおいしさに舌鼓を打ちながら・・・・

オランダ北部フリーズランドの海と陸地と空が一体となって混然としながらも、思わず車を止めて、その空気にひたりたくなるような、「新鮮さ」に心を洗われた。

音楽を通して紡がれ、からみあい、また離れ・・・
1年、 2年合わなくても変わらず続いている友情に勇気づけられた。

人間とは面白いものだと思いつつ、また「La vie quotidienne」が始まる。

いつも、「なぜ出かけるの?」と問いかける息子に
「ママ、ヴァイオリン弾かないと半分の人間でしかないから」
「半分でもいいからおうちにいて!」
「・・・」

でもやはり、「半分」よりは、「全部」でいようと思う。

「半分」の分はゴメンナサイ・・・

2008年10月9日 ブリュッセルにて



------------< 【 雑誌「ショパン(2001年)】より >----------------------

「オランダの島にて」 堀米ゆず子

十月はじめにオランダ北端の島へ旅行した。

友人のチェリストが今年から始める室内楽フェスティバルに参加するために。ブリュッセルから車にゆられること5時間半、寒風ふきすさむ本土の北端に着いた。

これから船に乗る。かもめたちの大声援をうけて船が岸を離れる。いつもの事ながら胸がワクワクする瞬間だ。子供たちがいたら、どんなに喜ぶだろう、と家においてきた二人の顔が頭をうかぶ。

四十分程して島に着いた。見渡す限り土と海と緑の島影、本当にここで室内楽フェスティバルなんてあるのかなあ・・・ 「島に着いたら古い黄色のバスに乗って下さい」と言う。なんでも島の住人は車を持ってもよいが、乗り入れは禁止なのだそうだ。この商売五十年という感じのバスの運転手が、果てしなく続く干潮の泥の中の道を、運転してゆく。干潟は、海と空と地が渾然としているようだ。一歩間違えば海の中?のようなところを、この島のどんなカーブも知り尽くしている、という感じだ。

少し行くと、森を抜け、ポッと町が現れる。なんとまあ、ヘンゼルとグレーテルのおとぎの国に迷い込んだように、小さな家々が並ぶ。夕闇濃くなるなか、ポッポッと外灯がともる。モーツァルトの時代に戻ったかなあ、と思いつつ馬車と行き違う。
ひときわ明るいカフェが見えてきた。ホテル到着。さっきの運転手さんがもくもくと荷物を降ろす。しーんと静まり返った外の暗さから一歩中に入ると、たばこの匂い、ジュネバの匂い、喧騒に満ちた典型的なダッチカフェである。さてチェックイン、と思うと
「カギはそこにかかってる、あなたは○番」

とおじさん。さっきの運転手だ。今はバーのカウンター兼レセプションデスクの後ろにいる。なんと彼はここの支配人だったのだ。
さて翌日、朝の光の中、第一音が出始める。ブラームスの六重奏第二番、ヴィオラの六連符にのって、知った顔、初めての顔を見ながら、音楽が高まってゆく。緊張の一瞬だ。 うん、なかなかいいじゃない!

以後、クライスラーの弦楽四重奏、フランクのピアノ五重奏、と忙しい日々が続く。フィリップ・グラファンというフランス人のヴァイオリニストに初めて会った。この初顔合わせ直前に、コンセルトヘボウでサンサーンスのコンチェルトを弾いてきた、と興奮状態。疲れた様子もある彼だったが、クライスラーというと、目の色が変わる。この曲を選んだのも彼。クライスラーハーモニーの美しさ、世紀末ウイーンっぽい、薄明かりの感じが、ここの雰囲気にぴったりだ。思う存分のグリッサンドにみんなの喝采があがる。
フランクのピアノ五重奏では、ピアニスト、アブデル・ラハマン・エルバシャの登場。
一九七八年のエリザベート国際コンクールの覇者だ。私と年齢が近いことや、エリザベートをとった時期が私と近いこともあって、なんとなく親近感がある。フランクの出だし、ピアノパートの美しさにみんなが息をのむ。
透明感ある音を通り越して、音の宇宙がひろがる感じ。
彼はレバノン出身なのだが、自分は「オリエンタル」という。ずーっと東の端に日本がある。「オリエンタル」といっても広い。

一方のフィリップはマルセイユ生まれのパリ育ち。姪や甥が二十八人もいるフランス人大家族の中で育ちながらも、自らの人生に関しては、かなり懐疑的だ。いつもなんだか淋しそうな影がつきまとう。まるで正反対の二人と、このフェスティバル発起人で、オランダ人のチェロ弾き、スイス人のヴィオラ、イギリス人のヴィオラ、そして私。
これでオランダのラジオが録音していなければ、よい仲間とよい音楽、といったところだが、そうはいかず、全てのコンサートが録音される。この島のもつ時が止まったかの「おとぎの国」に似合う、つつましやか、かつ完璧なオルガニゼーションは、最初のホテルの「カギ」以来、驚きの連続だ。「あ、うん」の呼吸のスタッフ達。私たち音楽家は、本当に音楽のことだけを考えていればよかった。

最終日のチャイコフスキー六重奏、重厚な弦だけのからまりは、全くもって室内楽の醍醐味だ。思えば私は桐朋の音楽高校の時代から、先輩たちがやっている大型室内楽にあこがれて、あこがれて、文化祭には、室内楽をやっている部屋の前で、何時間も立ち尽くしていたほどだ。
これだけは誰にも奪えない私の究極の喜び。
窓の外の木々が風にゆれている。枝葉のふれあう陽のあたるその光景は、まさに今の和音。自然が一緒に歌っているよう。私の内と外が完全に一致した。
しかしこれだけうまい人たちが日本では知られることもなく、謙虚に情熱をもって集まってくる、というのもひとつの驚きだ。
世界は広い、音楽の深さもまたしかり。

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