心のパレット

またクルシュベルにきている。気温は13度。カシミアのセーターが心地良い。

昨年に引き続き、暑い暑い日本から直行。頭では理解しているつもりだが、やはり、実際来てみて『体が慣れるには時間がかかる』という事を実感している。

夏の間中会わなかった生徒たち。また1年に1度会う、コレッグ、仲間たち・・・と話は尽きない・・・言いたいことはたくさんある・・・でも、実際は時差と、季差!に体も頭も、半分悲鳴を上げながら取り組む毎日だ。

名曲。ブラームスのクラリネットクインテット・・・もう明日が本番だからと、着いたとたんに練習。

日本からの長旅のあと、私にとっては朝の3時4時・・・という時間に集中しろ・・・といわれても、限界がある。

無事コンサートが終わった。が、今度はなんだか、頭が冴えて、無理やり上げさせられたアドレナリンと、もう朝時間の私の体は簡単には寝付けるものではない。
「フェステイバル症候群」とでもいうのだろうか。なんだかみんな、うきうきわくわく・・・も最初のうちはよいが、疲れもたまってくると、いらいら・・・容赦なく来るスケジュール・・・寝付けないのはどうも私だけではないらしい。
『寝る?それはあとでやること!』と、ここのデイレクターのひとり、パスカル・デヴォワイオンは言う。

それでも人間どうにか普通に暮らせるのだから、それ程がたがた言うほどのことでもない。体はうまいことできていて、必ずどこかで、『調整』するようでもある。要はそれを、待てるか・・・どうかにかかっている。
日本を出てきょうで、1週間・・・・・やっともろもろの環境の変化にも慣れつつある。

ふと、毎日レッスンをしている教室の窓から、山を見上げる。

ここクルシュベルは標高1850m。

3valle´es といってフランスでも有数のスキーのメッカ... 3つの谷を滑りまくることができる。

近くには冬のオリンピックを行ったアルベールヴィルもある。

夏の間はその山々は裸同然・・・2000mを越すと、あまり、植物もなく、ごつごつした岩山が、あたかも、地球の『地肌』を現すかのように、その隆起線を明らかにしつつ、存在する。本当に「盛り上がってできた」フランスアルプス。

【生徒たちと。山頂の雲。】

クルシュベルにて

今は昼前。のどかな山の中腹に、ちょうど、陽の光がさし、また影をつくり・・まるで、人の肌を見ているように、起伏が、美しい・・・その光と影は、一刻一刻変化してゆく・・・
雲の様子もだいぶ秋になったなあ・・・流れるような高い雲を見ながら過ぎ去った夏を思う。

「あれ?あんなところに、煙が立ち上っている。誰か住んでいるのかなあ・・・」
と思うまもなく、ふと目を離したすきに、その煙はどんどん大きくなって雲に近づく・形はもうこぶし大?すっと周りの雲に吸収されそう?とおもいきや、またその先端の様相を変える、イヤ、これが『雲』が発生するところ?まったく見ていて飽きない。あれよあれよと思ううちに、そのけむりは、成熟した雲になった。山の背景の雲たちと一緒になって今度はもや?とも思えるべき、白い重い物体に変化してゆく。陽の光もかげってきた・・・

(そういえば習いたてのオランダ語で、『WOLKEN』(雲)と言ったつもりの私は、『VARKEN』(ぶた)のように弾きなさい・・・と生徒に忠告。彼女は困ったような顔をしていた・・・)


と思いきや、今まであんなにのんびりと、うたた寝していた空がくもり、雨!
ここの雨は、ざああ・・・といった感じで、あまり音もなく、しかし、突然振り出す。かなりの量だ。
ふと窓の下のほうを見ると、ここの子供たちは、まだ遊んでいる。きっと、『こういう雨は長くは続かないこと』を知っているのだろう。

いざ、レッスンをしようと、ホテルを出たとたんに雨にあい、おろおろして引き返した私とはだいぶちがう。ちょうどセールで『完全防水』の、黒のコートを見つけた。しかし、いつも部屋をでるときは晴れ。すっかり『雨』のことなど忘れて出かける私は、何度か「ああ、あのコート!」と恨んだものだ。

毎日同じ景色を見ていたのに、なぜ、感動しなかったのだろう・・
なぜ、目につかなかったのだろう。
こんなに美しい、自然・・・

すべては私の『心のパレット』が開いていなかったため。
健全な魂は健全な身体に宿る・・・というがまったくその通りだ。
いつでも、『時差ボケ』では見えるものも見えなくなる。

しかし逆にそれを、毎度『出た』ところにある、新鮮さがたまらない。
こうやって旅は続いてゆく!

今朝、山々は雪化粧・・・どうりで、昨夜、吐く息の白かったわけだ!
もうすぐ雪に覆われる山々のつかの間の姿を楽しませてもらった。

2007年8月 クルシュベルにて
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