今時の音楽界事情

先ほどチェロの岡本侑也さんが訪ねてきてくれた。
彼は昨年ここブリュッセルで新しくできたエリザベートコンクールのチェロ部門で2位を受賞。その素晴らしいハイドンのコンチェルト、ドヴォルザーク、新曲の解釈などまだ耳に新しい。
日本での活動は目覚ましいものがある。

しかしながら私の取った当時1980年、その後、席の温まる暇もないほどベルギーのオケをはじめヨーロッパ中で弾いていたコンクール直後とはだいぶ事情が違うようだ。
彼だけではない、ヴァイオリンの1位の子も優勝後にスペインのマスタークラスに生徒として参加していたという?
勉強を続ける事は素晴らしい事だ。それは一生続く。私が心配しているのは彼らの今後の演奏会だ。食べて行けるのか?仕事はあるのか?
マネージャーの肝いりで次々出てくる新人も数年すると消えていく。又次の・・・

コンクールとは多くの人に聞いてもらいコンタクトを取る場所でもある。
昨年のチェロの審査員はそうそうたるものだった。そしてその誰もがまだ現役だ。
寿命が長くなり「引退」をするソリストなどいない。ソリストとして演奏会に招待される席は限られている。なかなか出番が回ってこない。音楽以外の交渉術にたけるかどうかで全く異なる将来設計となる事もある。音楽を追求する事とビジネスは両極端という当たり前の事も今では通用しない。

一昔前、ベルリンフィルで弾いてそのあとドイツのホッホシューレの教授になれば生涯安泰・・・そんな制度も無くなった。

現在60歳の私もブリュッセルとマストリヒト、二つの音楽院で教え、また演奏活動を続けられている。決して明日が明るいわけではない。

どうしてだろうか?

昨晩フィラデルフィアオーケストラのブリュッセル公演があった。エレナ・グリモーがブラームスの1番のピアノコンチェルトを弾いた。指揮はヤニック・ネゼ・セグアン。
10分ほどたったころ最前列の女性2人が立ち上がり何やら叫びだした。私はその後ろ10列目ぐらいだったのだが彼女たちは垂れ幕を掲げ大声で叫ぶ。音楽家たちに何かあったか?近くにいたチェリストたちに異変が?
しばし聴衆もオーケストラもあっけにとられるうちにだんだん言葉が見えてきた。「Free Palestinian」パレスチナを解放せよ。政治のスローガンではないか!なぜ?ここで?しかも演奏中に???オケはステージのそでにひき指揮者もソリストもいなくなった舞台。その女性2人をだれが連れ出したのか。警備ではなくチケット係だった。連れ出される彼女たちの顔、どれだけの覚悟をもってこんなすごい事をするのだろう?「ジハード」という言葉を初めて目の当たりにした思いで怖くなった。逃げ出そう、とっさにそう思った。
だんだん恐怖が押し寄せる
そういえば昨年まであった会場入口での安全確認チェックも無くなっていた。考えればだれもが自由に何でも持って入る事が出来るわけだ!
隣の人たちは「音楽家たちを拘束する権利は私達にはない」という。
そのうち主催者が「説明」にステージに現れた。「今警備上の確認を取っています。済み次第再開します」
と・・今度は2階席から別の叫び声がするではないか!
「いい加減な事をいうな。我々には権利がある!」といった主張がやはり女性だった。
またボザールの係りの人たちがやってきて説得するがなかなか彼女は席を立たない。まるで「私はチケットを買ってここに座っている権利がある」と言っているようだ。勿論聴衆の中にはそれに対する非難の声もあがる。
これがクラシック音楽会場??
彼女は連れ出され、拍手の下にオケの団員達も席に戻り、1楽章再現部からブラームスのピアノコンチェルトが再開された。誰も集中できない!またどこで奇声が発せられるか?あるいは隣人が爆弾を起動させるのか???

彼らの抗議はフィラデルフィアオケ、アメリカのオーケストラがこのツアーの最後に訪れるイスラエル公演に対するものだった。ガザでの死傷者の出来事はつい先週の話だ。なぜイスラエルに行くのか?阻止せよといったものだ。

音楽は政治とは関係なく音楽会場は意見を述べる場所でもない。私達が演奏する理由はただ一つ「平和」の為、とアンコール前に指揮者のスピーチがあってエルガーの「愛のあいさつ」がこの宵最高の音で奏でられた。フィラデルフィア・オーマンデイーの頃を彷彿させるようだった。
桐朋音楽教室、小学生時代からヴァイオリンを共に学んできた友達がファーストヴァイオリンで弾いている。彼女の今後のツアーでの安全を心から願う。

我々はそんな時代に生きている。
音楽を素敵な音楽会場で身をゆだねて聞く・・ポカーンとする・・それさえできなくなったら誰が演奏会になど行く?

そうこうしているうちにフィラデルフィアオーケストラはリュクセンブルグ、パリ、デユッセルドルフ、ハンブルグと乗りうち公演を続けている。旅をしてその日に弾く事を言う。以前4日、4公演やったら休み、の規則はどこにいったのだろう?世界的超一流のオーケストラが6回連続公演、旅付き!を強いられているではないか!

今日はリエージュ、ベルギーで発砲事件が起こり4人死亡した。またまたアラブ関係らしい・・・

死傷者が出ないとニュースにはならないのか?

またまたベルギーは危ない・・という印象だけが残ってしまう・・・

先日はイタリアでは「ヨーロッパ離脱」の投票をした。しかしその後銀行関係のサジェスチョンで9月に再投票という。数日後には連立政権ができた・・・これも変だなあ~~

個人的にイタリアとはマスタークラスを通して5年間密にかかわってきた。5年経ってもスポンサーも見つからず、あれだけ素晴らしい劇場も倒産の憂き目にあっている事を考えると、また多々いる友人たちが次々と失業して、それでもマスタークラスのボランテイアをやってくれている事も実感している。彼らはマスタークラスで家庭滞在をしてくれて280人の村が国際的なヴァイオリンの講習会を開いてくれた事。
感謝に耐えない。
なんとか彼らに仕事が見つかりますように!

そして私の友人がいるフィラデルフィアオーケストラが無事今回のツアーを終える事が出来ますように・・・

若者たちが長年培ってきた技術、芸術を披露する機会がありますように!!

我が事ならば今は1か月演奏会休みを利用してなんとパガニーニのキャプリスを練習中。
コンクールに弾くのとはちがって彼の順番の凄さ、どういう技をどういう順番で出していくか?の妙も感じている。音楽的にやる事もたくさん!とあってちょっとはまっている。もちろん一つ一つが難しいのだが今時の若者たちは難なく弾く。

でマストリヒト行ってきます。レッスンは私がやってきた事、また今現在関わっている事、それと生徒ひとりひとりとの対話だ。そしてそれは時間がかかる。It needs time !

                    2018年5月末ブリュッセルにて












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