ゴッホとの対話

デンハーグで活元会があるという。運よく時間ができたので参加した。
日本滞在中ちょうど1週間前8月14日は父の命日だった。暑い暑い夏に父が逝ってからもう39年になる。
妹と息子とにぎやかに墓の掃除をし、母を交えてのお参りの翌日、金子先生の活元会で腕の操法を教えてもらった。一緒に組んだ大先輩の中島さんに恐る恐る愉気しながら、私もこわばって丸くなっていた背中や肩にす~っと気が通って楽になっていく。愉気をする方が影響されてよくなる。面白いものだ。「良かったわよ。よくわからないのだけどゆず子さんはこうやって一生懸命子供さんたちに愉気したんだなあ~と感じた」と中島さんに言われ勲章をもらったようだった。達人にそのように認めてもらって嬉しかった!
その流れもあって初めてのヨーロッパでの活元会に参加したのかもしれない。日本から西森先生、増田先生がいらした。ロイ先生の話に花が咲いた。活元会は大きな気に包まれて動いた本部の活元会を彷彿させる充実したものとなった。
一日目は皆緊張しているし気張っているし動きも硬い。でも二日目のなめらかな動きは活元運動持続ならではの快感だ。食べ過ぎ体操で腰も引き締まったかな?

そのあと美術館巡りをしてた娘と合流。思いがけずマウリッツハウスのヴェルメールの「真珠を付けた女」を見た。隣の部屋でレンブラントの自画像を含めた光と影の部分を見たら俄然「ゴッホ行こう!」と気力がわいてきた。
デンハーグから電車に乗りアムステルダム着。ものすごい旅行者の数だ。
何十年ぶりだろう?少なくとも子供たちが生まれてからは行っていないのだから24年は経っている。
昔と違い今は美術館もオンライン予約をして、「サングラス取ってください。」「リュックも預けて・・・」とにかく人が多い。この中で絵を見るのはよほどの集中力を要するなあ~

中に入ると懐かしい階段が現れた。
1981年からアムステルダム・コンセルトヘボーで弾く度にここを訪れた。ホテルは隣通りのヤンライケン、色々な思い出がある・・・・。朝早く美術館に行き、だ~れもいないところでこの階段を上ったり下ったりしながら長い事一枚の絵と対話した。ゴッホのデッサンや手紙に興味を持ち、読み、あげくに彼の最後の地Auvers sur l'Oise近くに住んだ。あのカラスのいる畑を見て「私には何も見えないなあ」と思ったものだ。
美術館には私が好きな絵たちがいた。ドービーさんの庭、麦畑、最後のカラスの絵、その一つ前の「嵐前の風景」雲の描かれ方に特徴があるのだが何とも懐かしい・・・なぜだろう?
昔は「こんな青空ないよ」と思っていた「アーモンドの花」の背景のコバルトブルーの空は初春に私の住むブリュッセル・ボワフォーでも見たことがある。子供たちと毎日行っていた公園や森・・・いつしかそれは私の部分になっていて今は何の違和感もない。
ヌエネン教会・・村のコッテージの夕焼け薄曇り空もおなじみだ。

横に娘がいる。
彼女は23歳。昔私が出はいりしていた頃とその同じ年だ。
何だか私がヨーロッパに住み続けている必然がかなり昔もう35年以上も前のゴッホへの傾倒にすでにあったのだ、と腑に落ちた。
                      2017年8月アムステルダム



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