牡蠣


元々牡蠣が大好きだった訳でもない。珍味、グルメに凝るつもりは毛頭ない。
それでも「美味しく食べたい」は「ヴァイオリンをうまく弾きたい」と同じぐらい重要な事だ。この先もっと重要になるかもしれない・・・

一期一会とは良く言ったものだが、事食に関してこれほどあてはまるものもないかもしれない。

ワインと演奏会は開けてみなきゃわからないよ。

前評判がいいはずの演奏会が不調だったり、高価なワインがもうだめになっていたり・・・
ボトルの中で時を刻んだ、その刻み方、仕込まれ方で味は全く変わるのだ!

同じように封じ込まれているもの、「牡蠣のように口を閉ざす」その牡蠣さんの美味しい事と言ったら!

12月18日「木曜には美味しい牡蠣が手に入りますよ」の稲田シェフの一言で私は友達を集めた。このクリスマス前の日本でいわば師走にあたる時期に突然お誘いをしたところで人は来られるものでもない。それでも幸いな事に牡蠣好きな友人10名が集まった!

朝からぶっ続けのレッスンを終え、レストランINADAに向かう。
牡蠣は好きだが開けるのは怖い。大体危ない。ナイフが滑る。支えている左手に傷がついたら致命傷だ。
一度何十個か開けて次の日手も腕も腰も痛くなった。
ヴァイオリニストという商売をやっていて腱鞘炎っぽくなったのは2度ある。一度は運転免許取り立てのころ、デユーシュボーというシトロエンのクラシックカーのような幌付き車に乗った時、生と死を感じながらの初心者運転でハンドルを握りしめ、なぜか手が痛い。腱鞘炎かと思いきや「何か最近新しい事しましたか?」と医者に言われ思い当ったのが運転だった。
もう一回は牡蠣を30個だか開けたとき。

それ以来、牡蠣を自分で開けるのは10個まで。

心配した稲田さんは100個すべて開けてくれるという・・・レストラン直通のお店から取り立ての牡蠣を仕入れる事もさることながら、それを開ける心配せずに食べられるというこの幸せ!

6時過ぎに店に着くと「6時半に来るって言っていたからまだ開けてないよ」
そういうわけで牡蠣100個開けるところに遭遇した。

女性の助手はものの見事にたったかたったか開けていく「どうやってるの?」と聞くと「il fuat la communique」話してるの、「開いてくださいって」

牡蠣のように口をつぐむ・・のはその口がどこにあるか全くわからないからだ。
その口を割らせるのに力ではなく「語り掛ける」という彼女の口調に感動した。

その上「汁も捨てないで!」という私の願いできちんとしたにバットを置いて汁を出している。
その汁を漉してもらってきた。
実は生牡蠣の後に「牡蠣ごはんを炊こう」と思っていたのだ。

しかしさすがに稲田シェフ「ちゃんとだし汁と割らないとダメよ」と教えてくださった。

こうしてシャンペンと牡蠣という豪勢な料理のあとかまどさんでだし汁、根昆布をたらした牡蠣汁で炊いたご飯が出来上がった!

味は?

なんというかあの海の塩の味から一転してまろやかなのだ!
楽器で言えばデルジェスかな?

オイスターソースの旨み、というけれどこれほどまでに自分の味を殺して他の物、米に生かす、というのは味わった事がなかった。

友達みな感嘆。

牡蠣の味とヴァイオリンの音色・・・
翌日残った牡蠣の処理でちょっと火を入れて汁と身を取り出した。
白ワイン片手につまみ食いしている事は容易に想像していただける事と思う。

一期一会・・・
音も音楽もこうありたいものだ・・・
「牡蠣さんたち、ありがとう」
と言いながら火にかけました!

              2014年12月ブリュッセル

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