大掃除
何がどうひらめいたかは本人のみぞ知る。
せっかくの「バカンス」にどこにも行かず、ひたすら片づけた夏、7月の事。
1990年以来手つかずになっていた書類や手紙類。子供たちの幼稚園から学校生活の作品類、そして私のプログラムにはじまって、次は楽譜の整理。
いや最初は夏休みの小遣い欲しさにアルバイトをしたくてもなかなか腰が上がらず、暇を持て余している息子を雇ったつもりで、いやいやながらもガレージ整理を言い出した事から始まったのだ。
開けてみると、いやはや溜めること、我ながらあきれ返る。それでも数年前に一度大掃除していたのだが、あれよあれよと埋まっていったガレージは本の山、衣類、使わなくなった電気製品の山、家具・・・要らないものの分類をするのにも一度全部出さなくてはいけない。選んではまたしまう作業だ。すぐに市役所の粗大ゴミ引き取り係に電話をした。数年前は何か月も待たされた記憶があるが今回は7月27日に取りに来るというではないか!
その日が「D-Day」ならぬ決戦の日と心得た。
ガレージに始まりセラー、そして居間、洋服ダンス、靴入れ、そしてついに難題のキッチンとなった。1989年に引っ越ししてきて以来手が付けられていないと言えば大体どういう状況になっているかは安易に想像できる。黒ずんだコーナーのペンキ、壁中に貼られてあるワインのレベル、ぺったん、ぺったんのポストイトはそれぞれに思い出がある「ママ頑張ってね」「ご飯できてます」「おたんじょうびおめれと・・・」そんなものも一気にはがした。
途中でやはりかなり無理したのか、いや暴飲暴食がたたったのか、ただ単に道を歩いていて躓いて転んだ私は両膝を思い切り打ち、肩を打ち・・・全くついてないこと甚だしい。
それでも大掃除週間は継続してキッチンはこの際ペンキ塗り直して真っ白にしよう!と意気込みだけはあった。しかし「10分で手が痛いって言い出す。邪魔になるだけだからやめておけ」という頼もしいオトコドモの言葉でペンキ塗りは旦那と息子に任せることになった。お姉ちゃんはさっさと油絵の合宿に出かけてしまった。そっちも筆を使って描いているにはちがいないが・・・
台所中のものを出すところから始まった。
ついでに要らない家具も処分しようと思いたった。長年親しんだコーナーつきの木のベンチ椅子と食堂のテーブル、子供たちが生まれる前からあったものだ。家具を分解するといろいろ思い出が出てくる。最後は「どうもお世話になりました」と頭を下げた。モロッコに帰る知人にあげた。誰か知っている人の手にわたる方がよい。
ペンキ塗りの一番の大変さは下地作りだ。それが平にできていればいるほどきれいにぬれる。しかし何しろ私たちは素人。昨年娘の部屋をやはりパパと娘とやったがなんといっても彼女は筆使いには慣れている・・・現在勉強しているグラフィックの前はずっと油絵を描いていたのだから!
それに比べ私も息子も初めて。穴を埋めたつもりがなかなか平にならず…乾いてしまってからやすりでこする大変さ。
プラスチックでおおわれた部屋のピクニックだけでもできるようにと出してあった食器で毎食サンドイッチもしんどい~~とこれも贅沢な話なのだ。
1度塗り、時間置いて2度塗りしていって…
はて突如処分してしまったダイニングテーブルと食器棚の代わりも探さなきゃ。まったく本末転倒、順序逆でしょう・・はよくわかるのだが、思い立ったら即!その性分は残念ながら変わらない。人が何か月もかかって優雅にあっちこっちを研究しつつ決めるものを一気にやろうとする。
1日目、ブリュッセルの下町にあるアンテイック通りを見て、それから次の日はイケア行って・・・結局収納も兼ねたちょっと背の高いちょっとバー風なテーブルとイスを買っちゃった!これだと外の景色もよく見える。フライパンから鍋、釜、かまどさんからフライドポテト揚げ器までおける。なんだかプロ風キッチンは実は前からやってみたかった事だと後で気が付いた。
さてその「イケア家具の組み立て方」は経験のある方ならご存知だろうがひとつのネジを間違えてもうまくいかない。またねじ回しもかなり力がいる・・とこれも私は参加却下された・・・
1日半かかって家具も椅子もできあがり、その日はちょうど「D-Day」7月27日市役所粗大ごみ係もやってきた。「14時から19時の間に来ます」という通達に我々は13時から運搬をはじめ車でガレージからアパートの角まで往復すること10回、13時半にはすべて出し終わった・・・ととたんに「これ捨てるんですか?」と人が来るのだ。昔のテレビ、分厚いコンピューター、居間中占領していたジャングルジムの子供の大型玩具、よく使ったなあ~影で私は小さくなって練習していたものだ。それもアンダルーシアのおっちゃんが持って行ってくれた。そうこうしているうちに車が止まりアラブのおばさん2人。鳥かご、スーツケース。アパートからのおばさんも出てきた。「何かガラガラ音がしたから来てみたの」と小型スーツケースを御所望。やはり同じ捨てるとしても誰かがすぐ使ってくれるとわかるのは嬉しい事だ。なんでも日曜14時というと車が巡回してこういう「粗大ごみ」漁りをしているらしい・・・
結果、30分のうちに3分の2はなくなってしまった!3メートルキューブは無料なので私はその3倍はあるかと思いきや、処理係はあっさり「これにサインしてください。じゃあ良い日曜日を~」といとも簡単にスライド式のすべり台に乗せてがらくたを車に積み込み、行ってしまった。19歳のころ初めて「イケア家具」というものに出会った黒いプラスチックのいろいろ引き出しと車輪のついた美容院で使うような家具も思い切って処分した。「長い間ありがとう」
すっきりとしたキッチンときれいになった居間で久々に気持ちの良い活元運動した。そういえば転んでから今日で10日目でもある。一区切りついたかな?
グレン・グールドのゴールドベルグ変奏曲を聞いた。1981年パリ郊外で初めて一人暮らしをした頃、夜な夜な難しい小林秀雄の本など読みながらゴールドベルグを聞き、変わりゆくパリの空を眺めたものだ。満ち足りていた。
そんなことを思い出しつつうとうとしていると「ただいま!」と娘ご帰還。油絵の合宿から帰ってきた。「ほんとうに楽しかったよ~~若い友達3人できて、まるで兄妹みたいに夜空見ながら絵の話して、森歩きながら絵の構図話して・・・落ち込んで「もう描けない」と思うと隣のジャズのクラス行ったり書道(日本)のクラス行ったり・・・ず~っといたかった~~」「あ、もちろんママに会えてうれしいよ」と付け加えた。
新しいキッチンもお気に召したようだったが、何しろリブラモンというアルデンヌ地方の大きな体育館で描いてきたという大型の絵を見せたくてしかたがない。
まきものが一つ一つ開けられるとぷ~んと絵具のにおいがする。
居間中がまたたくまに絵で埋まっていく。
せっかくきれいになったのに・・・となんだか悪いけど異質な気がした。
私とは違う世界だ。
彼女の夢、楽しさと恐れと・・・「巣立ちだな」と思った。
2014年7月ブリュッセル