2007年夏・日本

子供たちと、日本の夏休みだ。

2人とも中1、小5と、だんだん学校中心の生活になってくると、なかなか以前のように『連れまわす』ことが困難になってきた。また、ブリュッセルの学校生活が彼らの社会でもあり、それを壊してまで、母親に付いていこうという気も薄れてくる。

それでも、ヨーロッパの夏休みは、丸々2ヶ月もある。宿題もない。だから、この際「なんとか、日本の生活をしたい」という私の想いで、1ヶ月ほどは、連れ帰る。私の『安心』のためでもある。演奏旅行で帰ってくるのとは、また違う『日常』があるからだ。

最初のうちは、フランス語でまくしたてていた彼らも、2週間、3週間と経つにつれ、時差も取れ、日本語の出もよくなる。質問も的を得てくる。
「半ぱじゃないってなに?」「・・・」

よくこんな、ニュアンスも伝えられずに子育てしているものだと、以前は愕然とすることが多かった。それで「日本語やらせなきゃ」となったわけだが、前にも書いた通り「言葉」というのは、それこそ「半ぱじゃない」もので、そうそう各国の言葉で、生きてゆくわけにも行かない。「会話」はいくつ言葉を知っていても得だが、いざ「考える」にはひとつの言葉で充分だ。そういうわけで、ブリュッセルで日本語を「あきらめた」のは、物事が「明らかになった」ことにしている。


さて、例年の山形行き。

昨年は主人と一緒に彼の指揮で、山形交響楽団と共演した。ラロのスペイン交響曲を中心に。ちょうど、山形銀行創立110周年記念コンサートということで、お客様は皆、無料のご招待。満員のテルサホールで、思いっきり「スペインもの」を弾かせてもらった。
昨年12月には、NHKのテレビ収録もかねて、やはりテルサで、ジャン・マルク・ルイサダとリサイタルを行った。これも、公開録音ということで、多数の申し込みをいただき皆さん、ご招待だった。
そして今回は「手打ち」。いわば『切符を買ってどれだけの方が、私の音楽を聴きにきてくださるか』・・・の勝負どころでもある。

山形銀行のスポンサー。山形放送、山形新聞社主催のこの「室内楽の愉しみ」は、いわば、私が白紙から創るコンサートだ。
昔、学生時代は、本当に室内楽ばかりやっていた。文化祭というと、ヴィオリンのレッスン断って、「楽隊や」という室内楽の部屋を作り、「祭り」に没頭。そういう変わったのも、あまりいなかっただろう。
なんといっても、レパートリーがすばらしい!コンチェルトや、ソナタでは表現できないような、作曲家の内面、色、思考がにじみでる。
音楽の「基本」でもある。人間関係の複雑さも面白さに変わる。

今回は、友人のチャールズ・ナイデイックがこの演奏会に参加することを快諾してくれた。私が、世界一うまい!と思っているクラリネット奏者だ。そこで「クラリネットを含む室内楽の名曲」を企画した。最初に「耳になじみやすい」ベートーベンのスプリング・ソナタ。ピアノは有森直樹さん。
後で知ったことだが、彼は12歳ごろまで山形で育ったそうだ。ベートベンの「春」というとなんとなく、やさしい響き・・・というイメージだが、この曲の持つ構成力、たくましさ、深さ、そして『風』の吹く3、4楽章と内容が深い。

そして、バルトークの「コントラスト」。クラリネットとヴァイオリン・ピアノの取り合わせ。これは、バルトークがヴァイオリニストのシゲテイー、クラリネットのベニーグッドマンと自分自身のために書いたハンガリーのいろいろな民謡。農民の踊り。アメリカのジャズ。クラリネットのカデンツア。ヴィオリンのカデンツア。・・・いろいろ出てきて面白いことこの上ない!

その前に「導入」として、バルトークの「2つのヴァイオリンのためのデユオ」。これは、私の弟子で今回はじめて日本にやってくる、マルセル・アンドリエシにちょっと「花」を持たせる意味もあった。
彼が後半モーツアルトのクラリネット5重奏のセカンド・ヴァイオリンを弾いた。あとのメンバーは、チェロの辻本玲くん。ヴィオラの赤坂智子さん。頼もしい若手たちだ。「タイミング」をあわせる人はいるけれど、なかなか『音色』まで合わせてくる人は少ない。この先が楽しみな人たちだ。

この名曲中の名曲で、幕を閉じる。豪華絢爛。室内楽の「核」ともいえるこのプログラム作りに、私はいささか鼻を高くしていた。
とはいうものの、プログラムの善し悪しは成功の「半分」の鍵はにぎるけれど、なんといっても後の半分は、未知数。音が出てみなければわからない。

我が家で2日かけてみっちり練習した。台所で聞いている母も大喜びである。思えば、桐朋の文化祭ではいつも我が家が溜まり場になった。そのころの楽しい思い出がよみがえったようである。思わぬ親孝行ができた!

なかなかみんなセンスがいい。チャーリーは、愉しみながら、かつ的確にみんなに指示を与える。「whatever you want to」とは、言えるセリフでなはい。ありとあらゆる知識があって、かつ心があって、それを『表現できる』テクニックがあって・・・。

昔ヴィオリンの弓使いを彼に尋ねたことがある。クラリネットは入っていない曲でも「ここは、ダウン。こっちはアップの方がいいかなあ・・」という彼のアドヴァイスは非常に正しかった。


さて、演奏会第一日目は、北上さくらホールだ。すばらしい!木のつくり、内装のセンスのよさ、波の型の客席。なにより、音響が抜群。舞台での音が、素直にそのままの質で客席に伝わる。過剰表現する必要もなく、バランスを気にしながら調整する必要もなく、ここで、わたしたちは、本当にのびのびと音楽をすることができた。

初顔合わせにもかかわらず、昔の私の悪友?現チャールズ・ナイデイック夫人・大島文子さんいわく、「まれに見る名演奏」と、お褒めの言葉をいただいた。

そして翌日山形入り。今度は、テルサの本番だ。旅のあいだに「そうだ!解説も入れよう」とひらめいたのはよいものの、いざ「聞き役」と、「答え役」と、「通訳」プラス「弾かなくっちゃ!!」と考えてゆくうちに、気が滅入ってきた….
本番1時間前、文ちゃんに「ねえ・・お願いできないかなあ・・・」というと、「いいですよ」と快い返事。頼もしいことだ。

こうやって、彼女の通訳兼司会件いろいろ・・・のおかげで、「コントラスト」がどうやってできあがったのか、なぜ2本のクラリネットと2本のヴァイオリンと1つのピアノで演奏するのか?など聴衆はもとより、私もおもしろく博学なチャーリーの話に聞き入った。

チャールズ・ナイデイック。ただものではない。
以前「生徒の卒業」というyuzunoteのなかで、ダブルメジャーの話をしたことがある。

彼こそ、音楽学校ではなく、クラリネットをやりつつ、イエール大学で人類学を学び当時アメリカ人としてははじめて、旧ソビエト、モスクワに留学、その後、ミュンヘン国際コンクール。ナウンバーグコンクールと優勝、キャリアを築いた。最近は「ピリオド奏法」というものにも興味を示し、モーツアルト・ブラームスとその当時作曲家が使っていた、楽器、楽譜、弾き方を再現する、ということをやっている。が、そのセンスは、あの分野の演奏解釈にありがちな「・・・・ねばならぬ」にはとどまらず、まるで自由なオーナメント(装飾)、即興をくりひろげる。モーツアルトのクラリネット5重奏の演奏中、彼の自由自在さに私は何度「くらくら」する程の目まいを覚えたことだろうか・・

そう思ってふと彼の顔を見ると、譜面台のむこうの「目」が笑っている・・・
まったく脱帽だ!

【山形テルサ本番後、大島文子さんも含めて楽屋にて記念撮影】

3日目は、我がふるさと、旧堀米邸での演奏会。今は町の方々がきれいにしてくださって、紅花資料館になっている。子供のころは夏になると、父の田舎・・・ここに帰ってきて過ごした。お蔵で練習したり、近くの河で遊んだり・・・夜外のトイレが怖かった・・・恵まれたときを過ごしたものだ。

昨年お墓参りの「ついでに」、『何か弾きましょうか?』ということで、行ったミニコンサートが好評で、また今年もやることにした。あまりにせみの大合唱がすごくて、私が自ら「せみしぐれコンサート」と名づけた。
河北町の皆様が本当に気持ちよく準備してくださる。整理券を配ったがもう200名以上。それも整然と「いす」をしつらえていただいて。(前回はゴザだった)梅雨明けまえの肌寒いほどの夕方。雨もちらほら・・・心配していたが、『かえって、きれいになりました』と係りの方が話す。天からの『打ち水』のような口調だ。

【紅花資料館】
マルセルとコンサート前のリハーサル風景

「しぐれ」ほどはいかなくても、 せみもちらほら・・・夕刻6時コンサートが始まった。

スプリングソナタの1楽章。そしてバルトークのデユオ。マルセルはモルダヴィア出身。

モルダヴィアとはハンガリー・ルーマニアとヨーロッパを東に進みロシアに入る前、ウクライナとルーマニアの間にある小さな国である。

その話はまたいずれ書くが、初めてやってきた日本で、この『紅花資料館』までやってきた彼は、『まるで夢みたいなところだ。・・・とっても特別・・・』と、ポツリとつぶやいた。

彼の故郷は、トランシルバニア・・・バルトークの民謡も、彼の『故郷』の唄だ。

そしてチャーリーがなんと、クラリネットで、『チゴイネルワイゼン』を弾いた。世界中でヴィオリンでさえ難しいこの曲をクラリネットで吹いてしまう・・・人はいないだろう。それも、真剣に取り組む。

チャーリー。文ちゃん。マルセル。私の家族。祖先。ニューヨークからの友達。故郷の人々。

遠い遠い取り合わせが、河北町のお屋敷で音楽を分かちあう...

不思議なものだ。

この『一期一会』に感謝したい。

一期一会といえば、今回の旅行では本当に毎日「おいしい」思いをさせてもらった。
音楽家は『おいしい物好き』が多くてチャーリー夫妻も私もそのへんのあくなき探究心は、人後に落ちぬ!と自負するが、かといって、いつもいつもそのようなものにめぐり合えるものでもない。

しかし今回は、北上でいただいた「ほや」(チャーリーの大好物)、岩牡蠣のミルクのような濃厚さ。(ベルギーのとはだいぶちがう。)アイナメのさしみ。そして山形では、「ラスク」で有名な「シベール」さんのレストランで、わらび、だだ茶豆。数々の家庭料理に米沢牛。お箸で切って食べられるなんて!

3日目は河北町、吾妻屋さんの『そば懐石』いやあ・・・
おそばがこんなに奥が深いとは知りませんでした。
気の合う仲間と、音楽を全身全霊で行う。
そして食する。
言葉など、必要ない。

翌日、1人、2人と朝から旅立つ。夕方には「だーれもいなくなった」
本当はもう一度、あの紅花資料館の縁側に座って、みんなとおしゃべりしたかった・・・
そんな想いを抱きながら心地良い天童駅の風、風鈴の音のなか新幹線に乗った。
夕刻のやわらかい陽の光と風・・・・

どんなに情報が発達しても、
におい、風、味、ふれあい
肝心なものは何ひとつ伝わっていないのかもしれない。

「ほんもの」は、自ずから充足感を持つ。完結する。
その一瞬を味わいたくて、私たちは時に、『賭ける』
よい旅をさせてもらった。

2007年7月末 東京にて
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