化粧

約2年前までまったく化粧というものには縁がなかった。
唯一本番のときだけ。
それも終わると、その後入ったレストランで出てきたおしぼりで、「顔」をふきぬぐってしまう。周りにいた人たちが、あきれはてていたものだ。が、そのほうが「気持ちがよい」

化粧水もつけたことなかった私が、それでも、年には勝てず!
長時間の飛行機のあと、石鹸で洗いっぱなしの顔は、どうしても乾燥してしまう。
「保湿液」なるものをつけ始め、そのうち「夜のクリーム」なども登場した。

それでも、毎日のお化粧からは程遠い。
ブリュッセルで生活している事も関係あるようだ。
こちらの人は普段はほとんど「すっぴん」が多い。
その割りにオゾン破壊もなんのそので、陽が照ればさっと仰向けになって陽に顔を当てる・・・まるで、「つかの間の日差し」を逃がしてなるものか・・・のように自らの体に取り入れる。日焼け止めは、その程度によって多種売り出されている。息子は、炎天下のサッカーの折、きちんと「日焼け止め20」という一番強いクリームを監督がぬってくれた。無防備に炎天下に身ならぬ、「顔」をさらして応援した私は、「ずいぶん黒くなったわねえ・・」といわれた。

小麦色の肌は、「ヴァカンスいってきましたのよ」の象徴でもある。「ヴァカンス」は、ほぼ90%が「南」の方にでかける。これは、まったく面白い状況かもしれない。イタリーには、こんなジョークもある。
ミラノ(北方)の人と、ナポリ(南)の人が言い争ってる。ミラネーゼいわく、「なんで、お前たちはもっと働かないんだ!」
ナポリタンいわく、「あんたたち働いてそのあとどうしたいの?」
「そりゃあ、働いてあとは「ヴァカンス」に決まってるだろう!」
「だから俺たちはそれを、実行してあげてるわけ!」
「・・・・・」 ヴァカンスにいけない人たちは、「日焼けサロン」で肌を焼く。
よく年をとった人の肌が、しわも含めて刻み込まれ、赤銅色になっている。
ちっとも美しくない。

「美白」という言葉がある。
日本では、まさに今紫外線から「いかにして肌を守るか」にかかっている。
オーストラリアでは、サングラスと帽子なしで戸外に出ることは「罪」だという。
この「美白」が、オゾン破壊による危険信号の前からあったのか、それとも、危険視されるようになってから聞かれるようになったのかは、わからない。

ほぼ2ヶ月置きに行ったりきたりしている私は、日本で「人と会う」ためにお化粧するようになった。というより、満員電車の至近距離での「肌荒れ」「しみ」はやはり、「みっともない」と思うからだ。

撮影で、キレイにメイクしてもらう。あれよあれよ、という間にしみが消え、くまが消え、輪郭がはっきりする。魔法のようだ!下地ができると、今度は凹凸をつくってゆく。
これでは、まったく寝不足もなんのことはない。たいしたものだと、感心する。

日本滞在中に、そのメークさん推奨の化粧品を買った。初めていろいろな「ドラッグストア」に入り、まあ、なんとたくさんの種類があるのだろう・・・と驚く。
浦島太郎のような話だが、今までこういうところに足を踏み入れたことはなかった。
普段は薬も使わない。栄養補給、サプリメントなどなども、電車のつり広告で見るのみ。そんな私にとって、どれもこれも、似たようなちょっと違うような化粧品ためし大会は、時間つぶしにはもってこい、の場所でもある。
さて買ったら帰って試す。今回はけっこう値の張る化粧品を買い込み一人悦にいっていた。
「どう?きれいでしょ?」と、そばにいる妹に聞く。
顔が「よそいき」になった気分だ。

2週間たってすっかり、メイク、化粧落とし、クリーム等の「技」が身についたところで、ブリュッセルに戻った。
年頃の娘は、「わあ。おもしろそう、使っていい?」となんでも、使いたがる。
「そんな、使っちゃダメ、高いんだから」
それでも、なんだかんだと塗りたくって学校に行く。こちらでは、化粧もアクセサリーも制限はない。それでも、そんなスゴイ顔は見当たらない。みな、一度は通る時期・・・と大人も心得てる。

「手でつけるのがいちばん」と聞いた。
ヴァイオリンを弾くにはちと困る。
それでも、練習後に、頑張ってつけた。
そして手を洗った・
なんという油の量。なまはんかな石鹸では落ちない。
一度洗面台にこびりついた油のなんという粘着力!
「ええーーーこんなにたくさんの油を供給してたの?」
とぞっとした。

キレイに下地をつくり、目元をつくり、凹凸をつくり、パウダーをはたく。したく時間2分だったのが10分ぐらいの余裕が必要になってきた。

張り切って化粧して家族のいる、台所にはいる。
「・・・・・」
「どう?キレイでしょ」
「何でそんなに白くするの?」
「だって・・」
「死人みたい・・・」
「!!!」
「ママじゃないよ」

そういえば、日本でメイクのお兄ちゃんがいってたっけ。
「よくガイジンさんのメイクも担当するんですけどね。とにかく色の濃いファンデーションを使ってくれって言われます。死人みたいにはしないでくれって」

そういうことかあ・・・
日本人は「美白」にあこがれ、白人は、「小麦色」にあこがれる。
いつになっても変わらぬ「隣の芝生は青い」の原理なのかもしれない。
そういうわけで、私の高価な化粧品はまた、戸棚の中で眠っている。

2007年6月 ブリュッセルにて

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