ミニ経営
バッハの3連符、3拍子と空想を豊かにしていたらそのうち3と4の違いはなんだろう・・と思い始めた。
何と言っても決定的な違いは割り切れないこと。そして四角か三角か・・いや丸いか・ではないかと感じた。
リズムと言うのは弾みがなければいけない。弾むというのは落ちるところと登るところ、落ち方で登りようもある。その勢いで回る。
球状・・・と言えばボールだ。
ふと見渡すと今年高校卒業したばかりの娘が、昨年9月から始めた「ミニ経営」で造った目覚まし時計Shock O’Clock が目に着いた。
今では居間の大事なところに鎮座ましましてる。
「ミニ経営」とは何か?
昨年9月、中高一貫の最高年生に当たる彼らはフランス語圏全体の学校からの勧めもあり、学生の中で希望者が10月から5月までの間、「学生カンパニー」のようなものを作った。グループは2名から10数名。みんな半信半疑で始めた。親たちにも最初「株主になって」と頼まれた時は一体何が始まるかと思った。説明を聞くと、7ユーロずつ20人ぐらいから集めて資金とする。それを元に自分たちで考えた商売をしようというものだった。
しかしこの時点で彼らにも実際どのように会社経営なるものが成り立つのか、想像もつかなかったことと思う。気の合う仲間とはいえほとんど知らない人の集まり・・でもあった。
「社会の勧め」とは、学生時代に、経営と言うものの苦労も面白さも味わってもらおう、という試みだ。
10月に入り、背広姿も初々しい、リクルートスーツも何とかわいらしい(ミニ経営者達)が学校近くのホールに集まった。最初のプレゼンテーションである。ここで株主達に何をどうやってゆくかの説明発表会があるという。興味津津の親たちの前でできたばかりの製品を披露。その経営方法を披露。限られた時間の中で質疑応答を行う。それぞれの(責任者)が製品の意義、環境に与える影響、それに大事な数字の展望を話す。質疑に答えられない子供たちも続出する中見事に乗り切る子もいる。思わず夢中になって1時間半が過ぎた。
そしてその後半年間、あらゆる方法でその製品を売るという。半年後にその(売上)のみならずその「ミニ会社」がどれだけ発展したか?チームワークはいかに?環境問題を考慮したか?などの判断が下され選ばれたグループが次のステップに行けるという。
もちろんこの「ミニ経営」には大人の組織が付いている。著名銀行、フランス語圏の教育家も絡む。また個々のグループを導いてゆく20代前半の若者達がいる。彼らは昔の「ミニ経営者」たちでもある。その経験を生かして17-18歳の若者たちにアドバイスをする。実際彼らの導きがなかったらお手上げの部分も多々あった。
商品にはベルギーにちなんだティーシャツあり、汗をふく手首用タオルに時計がついているもの。ヘッドフォーンを改造したもの。マグカップの面白いものを作る。冷めたりぬるくなったりしないチューブ状の液体保存物などいろいろある。
とにかく「オリジナリティー」が大事だ。そこで道子たちグループが考え出したのがShock O’Clock 「投げたら止まる目覚まし時計」というものだった。
「起きるのが嫌な人、目覚まし時計は投げたら取りに行かなくてはいけませんよ。投げても大丈夫ですよ!」
というわけだ。
日本では数年前に制作されているらしいが、彼らはそのことは知らなかったようだ。知ってか知らずか種類も野球のボール、サッカーボール、黒い爆弾、それにスマイルのイラスト入り等数種作成。「時計を投げるなんて・・」という親の想像を超えてこれが結構ヒット。投げても壊れないテストも繰り返した。
それらの条件をのんで製品を作る会社との交渉もうまく進んだようである。(それも以前日本からの注文があったため・・かもしれないが)
仕上げの作成はお互いにできる事を担当して娘は早速イラストの腕を活かして目覚まし時計のスマイルの顔を一つ一つ描いていく作業を担当した。あとの女の子は耳あてを縫い、あとの子が糊で貼りつける。できは確かにプロとは言えないまでもその工程自体もだいぶ軌道に乗ってきた。
冬の寒い中、クリスマスマーケットに立ち、知らないところで知らない人を相手に製品を売る苦労を共にした。親や親せき、友達と言った購入範囲を超えた段階で商品を売る苦労を彼らは経験しただろう。
またこのグループは地域を広げてブリュッセル以外にもオランダ語(フラマン語とベルギーでは呼ぶ。念のため)地域、たとえばアントワープ、ゲントなどにも出店を張った。それこそ小学校から学んでいるオランダ語を使うチャンスだ!何しろ話せなければ売れないのだから!
言葉を学ぶ時その先にあるものが見えると言葉は飛躍的に上達する。あるいは個人的趣味でやっているという面白さがない限り目的のない言語の勉強は無駄と言っても良い。
2月、寒中の中ラトビア国の首都、リガに出向いた。これは自らのイニシアチエブで「国際学生カンパニー」に出店するというものだった。虎の子のお小遣いを使い、一番安い飛行機でそれでも友達との旅行は何にも代えがたい経験になったようだ。そこではラトビア、ロシア、ドイツ、オランダ、トルコ、エジプトなどから「ミニ経営」の人々が集まった。言語は英語になる。エジプトの人達はパピルスを使った製品を持ってきた。それぞれのプレゼンテーションでその評価が下される。彼らは3位になった。自由時間に垣間見たリガの人達のうつむいた顔、市場周辺の怖さ、西欧とは違う人々の表情、などを後に語ってくれた。またヨーロッパの枠を超えた同世代の交流も得がたいものだったようだ。
そんな経験を通して、引っ込み思案だった娘もだいぶ社交的になった。思わぬ恩恵である。
またコンピューターの才能に長けているグループの一人が広告ヴィデオを作りそれは広告部門第1位。半年たった4月の大会でなんと彼らはブリュッセルの代表となることができた!
なかにはグループ内の分裂、意見の相違を対処できずに自滅した組もある。あるいは製品を注文したもののその流通がうまく行かずやむなく断念といったパターンもある。グループも2-3人から総勢10数名までいろいろいる。争いから人数が抜けて行ってだんだん減ったケースもある。
このさきベルギー代表まで道は近い!!と思ったのもつかの間、「陽極まって陰」ではないのだがファイナルでは「スピーチウェーブ」という音声を形状化したものをかたどったブレスレットとかネックレス創作、の組みに負けてしまった・・・オリジナリティーと言う点とプレゼンの覇気が2次予選に比べてなかったこと。みな卒業試験で忙しくなったことなどがあげられる。これが通っていれば次はヨーロッパ選手権、ブルガリアへの道が待っていたのだが・・・
しかしながら10分の寸劇を作り、コスチュームを作り、日曜と言えば集まって議論。練習・・・各々の勉学を超え、彼らの青春はなんと楽しかっただろうと思う。
私自身高校生の時は文化祭に夢中になりヴァイオリンのレッスンにも行かなかったほどだ。
文化祭と言うと家じゅうあげてコーヒーゼリーの器洗いから、カルテットの練習から、嬉しそうに巻き込まれていた両親の姿を思い出した。
そんな矢先、道子は4月21日に18歳の誕生日を迎えた。こちらではこれで「おとな」成人の仲間入りである。お酒を飲めるのはすでに16歳なのだが、親の保護無しでも決断できる年。いろいろ趣向を凝らした(誕生会)が行われる。
うちではどこかを借り切ってパーテイーをする余裕も気持ちもないので、アパートに全員集合。親もうるさくない程度に参加して寿司、焼き鳥、カレーライス?とありったけの料理を用意した。(普通親は出かけるケースも多いらしい)
みんな正装してやってくる。なんだか楽しそうに踊り笑い・・・全く若いっていいいなあ~~
無事高校を卒業した彼女は今グラフィックデザインの学校に入るべく猛勉強・・・ならずグラフィストにアポを取り訪ねては教えを乞うている。私などおよびもつかぬその(会話術)もこの「ミニ経営」でつちかったものだ。
外目には全く関係ないような事柄でも「道筋」というのがある。興味があることを続けて行くとおのずから路が開ける。
バッハの3・・から始まった球状の丸いスマイルボールを見ながらそんなことを思い出した夏の午後だった。